彼岸に祖父母を通じて想うこと

 彼岸になりますと、祖父母のことを思い出します。私は祖父母と一緒に暮らしていました。 両親よりかわいがってもらったと、感じています。両親の愛と祖父母の愛は表面的に異なります。両親の愛がお不動様の愛で、祖父母の愛は観音様の愛です。両親の優しさの裏には厳しさがあります。祖父母の優しさには、すべてを受け入れる慈しみがありました。子供の頃に、祖父母と同居したことは、私の性格にも大きな影響を与えているように思えます。いてくれるだけで、安心感がありました。そんな祖父母を悲しませてはいけないと、不良の道にも行かずに済んだと思っています。

 最近は、両親だけでなく祖父母を殺害するという痛ましい事件が報道されています。私はその一番の原因は、家庭内の教育にあるように思っています。長幼の序のないことや、家庭内の役割がはっきりしないところにも、その原因があると感じます。男女平等であるのは否定しませんが、強い女性が増え、逆に弱い男性が多くなってきています。これは悪いことではないかもしれませんが、私は素直に喜べない傾向と思っています。言い方を変えますと、学校の勉強のできる女性は多いのですが、社会性において、賢いあるいは、賢く振舞える女性は減ってきていると感じています。男性においては、威厳に乏しく、尊敬に値する言動のできない人や、生きることへの逞しさの欠如を感じます。このことが、世相に反映し、子供の思考や行動に変化をもたらしているのではと思えます。

 こういいますと、私は過去の遺物のような考え方をしていると、非難を浴びるかもしれませんが、例えそうであっても、有言実行で、男らしく潔く生きていきたいと思っています。不動産とは一生の付き合いですが、そういうことを教える私塾があるなら、私はそこで講師をしたいとも思います。ないなら、自分でつくるしかありません。それが現実になるとしても、まだ大分先のことかと思いますが、そんなことも考えたお彼岸でした。和合実